第12回 ニワカの対義語は?
2013 年 4 月 10 日
テキサス州ヒューストン メソジスト病院
神経内科神経生理部門 河合 真
昨今インターネットの発達により、いろいろな情報を日本からリアルタイムで仕入れるのが非常に簡単になった。とくに日本人スポーツ選手が海外で活躍している情報を得るのは、海外にいる私の生活において欠かせない。そしてサッカー日本代表を世界中の日本人たちとツイッターを通じて同時に応援したりするのは、非常に楽しい。が、ツイッターやらブログを通じて不特定多数が閲覧している場で匿名であっても意見を言ったりするのは結構怖い。ちょっとした間違いを”したり顔“で書き込もうものなら総攻撃を受けることになる。そのときによく使われる言葉に「ニワカ」がある。「ニワカファンはだまれ」「ニワカまるだし」とかという使われ方をされる。大変な屈辱を与える言葉なので、ネット上でしばしばけんかのような状態になる。
もともとは「物事が急におこる」、「一時的である」であるという意味で「にわか雨」などと使われ、それほどネガティブな語感のある言葉ではない。が、ネット上で用いられるときは「流行に流されて」「日和見」という語感が強くなる。誰だって何かのファンを始めた時は「ニワカ」な状態を経てから、年月を経ていくわけなのであまり人のことを批判ばかりするのはどうかと思うのだが、どうも昨今のアイドル人気なんかをみていても「人気が出る前から応援していた」ということがファンとしてのステータスを高めるようである。すなわち「周りに流されず価値を認めていた」ということが大事なのである。では、それを表す言葉があるのかというとあまりパッと浮かんでこない。ニワカの対義語ということになるわけなのだが、調べてみると「古参」ということになっている。あまりにも古めかしい言葉なので、意味はわかるが使ったことはない。少々の謙遜と自虐的な意味をこめて「オタク」とか「マニア」という言葉の方がニワカの対義語としてよく使われているような気がする。「私はプルシェンコオタクです。」「私はプルシェンコマニアです。」とは聞いたことがあっても「私は古参のプルシェンコファンです。」と言っている人は聞いたことがない。
さて、睡眠医学の話をしよう。先日こんなことがあった。40歳男性、高血圧の既往があり、BMI 36で日中の眠気を訴えて来院した。いびきもあるし、妻から無呼吸を指摘されている。ESS 17であり、診察してみると肥満体型でMallampati class IVで、まあどこからどうみても閉塞性睡眠時無呼吸症候群であろうということで睡眠検査をオーダーした。ここでいう睡眠検査とは技師監視付きの終夜睡眠ポリグラフ検査のことである。ちなみに、この検査は病院の保険請求が約5000ドルである。当然検査適応がはっきりした人にしかオーダーできないし、予め保険会社に連絡して許可を得る必要がある。が、まあ上記の患者さんに関しては明らかだったのでまったく心配していなかった。実際いままで問題になったことは一度もなかった。数日して秘書さんがあの患者さんの睡眠検査の許可がおりなかった、と言ってきた。一体何が不備だったのか意味がわからなかった私は少々怒りつつも、まあ何かの間違いだろうと思ってPeer-to-peer reviewを請求した。これは「保険会社が雇った医師」が「保険請求を却下されて文句のある医師(この場合私)」と対決(電話で話)をして保険の支払いの請求を認めるかどうか電話でやり取りすることである。これで認められたら保険会社は支払いをしなければならないのでどちらも真剣である。5000ドルをかけた電話である。以下はその会話。
保険会社の医者:「予め言っておきますが、この会話は録音されています。(無茶なことを言ったり、無礼なことを言ったり、脅したりしたらあなたの不利になりますよ、ということ)」
私:「なんであの患者さんの睡眠検査が認められないのですか?明らかなOSASですよ。」
保険会社の医者:「あの患者は明らかなOSASなので在宅睡眠検査をしてAuto PAPをするように我々のガイドラインではなっています。」
私:「はあ?そんな話聞いたことないですよ。私睡眠専門医ですけど?」
保険会社の医者:「詳しくは我々のガイドラインを参照してください。詳しくはhttp://www.medsolutions.com/ です。」
私:「はあ?なんとかならないですか?」
保険会社の医者:「神経筋疾患かナルコレプシーか肥満があれば認められます。」
私:「肥満ならありますよ。BMI 36です。」
保険会社の医者:「残念。BMIは45以上でないと認められません。」
私:「(この国のBMI 36は肥満ではないのか!)、、、、わかりました、、、。」(敗北感にうちひしがれて、電話をきる)
というわけで一体この国の保険はどうなってしまったのかと嘆きながら上記のガイドラインを見てみると確かに神経筋疾患や心不全などがあって在宅では安全に睡眠検査ができない場合にのみ 睡眠ラボでの技師監視付きの終夜睡眠ポリグラフ検査を認めると書いてある。しかし、これを認めてしまったら経営が成り行かなくなるラボが続出するのではないかと心配して、米国睡眠医学会のいろいろ関係者に聞いてみると今のところ一つの保険会社がこのガイドラインで在宅睡眠検査を奨励している状態だが、将来的にはどうやら広がりそうな勢いらしい。なにしろ在宅睡眠検査だと500ドル程度で実施できるので保険会社が飛びつくわけである。コストが技師監視付きの終夜睡眠ポリグラフ検査の10分の1なのでコストアナリシスをやってもなかなか分が悪い。以前酸素飽和度モニター相手の時はなんとか技師監視付きの終夜睡眠ポリグラフ検査を行うことを正当化できた。が、今回は合併症のないOSASという選択された患者群なので睡眠専門医の間でも戦う前から諦めムードが漂っている。(実はなんとなく皆が感じていたことではあった訳である。)
合併症のないOSASを睡眠ラボで終夜睡眠ポリグラフ検査をすることができなくなることは、睡眠ラボの経営上非常に大きなインパクトを与える。日本のように終夜睡眠ポリグラフ検査の前に酸素飽和度モニターをするとかのレベルの話ではない。これが進めば、睡眠ラボは明らかにOSASが疑われる大量の患者さんに対して在宅検査をしてAuto PAPを処方する睡眠ラボと、心不全の合併したOSAS、神経筋疾患を合併したOSAS、パラソムニア、ナルコレプシーという複雑で今まで市中の睡眠ラボが敬遠してきた患者さんを専門的に診るような睡眠ラボに二分化して生存をはかるようになるだろうということである。OSASをクリニックで診療して、夜間に睡眠ラボで一日数件技師監視付きの終夜睡眠ポリグラフ検査をして生計がたった時代は終わろうとしているのである。
話は少しさかのぼるが、私がISMSJに関わり始めたのは 2006年頃で、その時から睡眠医学の歴史を教えてもらう機会があり、昨今の事象とあわせて「ニワカ」ということを多分に考えさせられることがあった。米国でも 1990年頃から 多くの医師が睡眠医学を始めた。まさしく「ニワカ」が増えたわけだが、それを政府も推奨していたわけなので「ニワカ」だからといって肩身の狭い思いをすることはなかった。私もニワカの一人だった。米国睡眠医学会はその「ニワカ」の医師達を取り込み教育を施すために、 学会への参加を促した。技師監視付きの終夜睡眠ポリグラフ検査に手厚く保険料を支払い、専門医制度と睡眠ラボの経営を組み合わせて普及を促進したところは、大変したたかだったと思う。
しかし残念ながら睡眠医学が「効率よく儲かる」時代は終わってしまった。もう「儲かるから」という理由で睡眠医学を志す人は参入することはなくなったといえる。米国で今後「ニワカ」な睡眠医学ファンを見ることはなくなるだろう。これから睡眠医学ファンになるには将来「マニア」「オタク」になりうる「コア」なファンに限られてしまうわけである。
だからといって嘆く必要はない。要するに ニワカが増える前の状態に近づくだけの話である。本当に睡眠が好きなファンだけが残るだけのことで、それが正常なのである。そして睡眠が好きなファンの原動力は「睡眠を観察する」ということであり、その原点に立ち返れば自ずと進むべき道は見えてくる。
そしてこの変化は米国だけの話ではない。 米国の変化が日本に波及することは全く珍しいことではない。終夜睡眠ポリグラフ検査が段違いに安い日本でも心の準備は必要である。果たして皆さんの睡眠ラボは生き残れますか?
保険会社が策定した「ガイドライン」である。一応文献を引用してもっともらしくしてあるのだが、学術的に吟味を重ねた「ガイドライン」ではないので混同してはならない。あくまでも、保険会社の支払いを少なくするためのものである。しかし、お金の流れを押さえられているわけで、この流れに逆らうには 終夜睡眠ポリグラフ検査が在宅検査に比べて「医療費を抑制する」というデータを出す必要があるが、難しいだろう。
興味のある人はぜひ眼を通してほしい。http://www.medsolutions.com/documents/guidelines/index.htmlから入って同意をした上でガイドラインのsleep apneaを開けば出てくる。