日本臨床睡眠医学会
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第2回 親しみと尊敬をこめて皆は彼をCGと呼ぶ

2014 年 2 月 10 日

           

2014年2月10日

スタンフォード大学 睡眠医学センター
                河合 真

 前回の最後にお知らせしたように今回はクリスチャン•ギルミノー先生について書こうと思う。睡眠医学を少しでも学べば彼の名前はそこかしこに出てくるので全く知らないという人は少ないと思う。そして彼を紹介するとき様々な枕詞がつく。曰く「obstructive sleep apneaの名付け親」「睡眠医学の生ける伝説」等々である。逆に彼のことをよく知っていても彼が何者であるかを端的に説明するのはかなり難しい。彼のことを「OSAの専門家」だと思っていたらそれは彼の一面しか見ていない。スタンフォードで彼と仕事をしてみてわかったことは彼が「兎に角睡眠に関わることならば何でも興味をもつ」ということである。一体彼が何歳なのかスタンフォードの人間ですらよく知らない。それはきっと「ああ、疲れた。俺も歳だな。気がつけば○○歳だよ、そろそろ引退かな。」という言動を全くしないからかもしれない。毎朝7時前に出勤し前夜の睡眠検査に目を通しそれをフェローと一緒に見直すことを○十年続けているわけである。

 私も卒後15年経過したのでいろんな医師を上司に持ってきた。一緒に働いた教授たちに共通することはバイタリティーに溢れ、好奇心が非常に強いということだが、ギルミノー先生はその中でも突出している。そして当然皆プライドが高いのだが、そのプライドが地位に対するものか自分の実力やその分野への愛情なのかで随分周囲への態度が変わってくる 。実力で君臨できない教授ほど見ていて気の毒な存在はないが、幸いにも今までの人生でそんな教授とは関わることがなかった。

 睡眠医学への知識や好奇心、臨床能力などが彼のプライドのコアを形成しているらしい。ちなみに彼のことをスタンフォード関係者は誰も「ギルミノー教授」と呼ばない。「ギルミノー先生(Dr. Guilleminault)」とも呼ばない。指導医はもちろんのこと、恐るべきことにフェローや睡眠検査技師にわたるまで何の敬称もつかない「CG」というイニシャルで呼び捨てにする(以降彼のことをCGと呼ぶことにする)。睡眠医学で偉大な功績を残している彼を「CG」と呼び捨てにすることに私も他のフェローも最初はものすごく抵抗があったのだが、呼んでみると確かにしっくりくるので最近は「ハーイ、 CGご機嫌いかが?」である。だからといって軽んじているわけではない。「そんないい加減なスコアリングするとCGが激怒するぞ」「こんな曖昧な MSLTのオーダーだしたらCGがキャンセルしてしまう」「CGがフェロー探していたぞ。絶対予定にないレクチャーかスコアリングのセッションで引き止めるにちがいない」「今日CGがいないから早く帰れるかな?」「CGが患者さんにレクチャー始めて外来がまわらない」という使われ方をする。もはや個人という存在を超えスタンフォード睡眠センターの質を保証するための装置という感覚である 。そういう意味でこれ以上ないsleep centerのmedical directorなのだと思う。面白いことにタイトルとしてmedical directorを持っている医師は別に存在しているのだが、睡眠センターで問題が生じたときに皆が口をそろえていうのは「CGは何と言っているか?」である。教授というタイトルもMedical directorというタイトルがなくても実力的にも政治的にも何も困らない状態に達しているわけである。そしてCGという装置が気にいらなくても、何しろそれがスタンフォード睡眠センターのデフォルトなのだから変えようがない。

 話は変わるが昨今の流行りでスタンフォード大学もコンプライアンスやらハラスメントに敏感になっておりオンブズマンという制度を設けている。人事的に直接利害のない外部の人間が任命されて組織の中の問題点を見つけてチェアマンや学部長に進言する。これで結構問題が解決されたりするので形骸化した制度ではなく実際に運用されている実行力をもった制度である。具体的には医師の中で一番立場の弱い我々フェローから定期的に聞き取り調査を行い問題のある指導医の行動や組織の問題を見つけて変更を促すわけである。オンブズマンとの会合はスタンフォード外部の個室がわざわざ用意されている念の入り様である。ところが最初の聞き取り調査の時オンブズマンの強面の担当者がニヤッと笑って 「君達がCGのやり方に文句があったとしても、CGだけは私でもどうしようもないことを最初に断っておく。さて、それ以外の改善点はあるかな?」と言うのには笑ってしまった。

 予め断っておくが、彼に反論の機会が与えられないこのような場で悪口を書くのはフェアではないと思うので述べないことにする。当然完璧な人間なぞいる訳もなく、地位が高くなればなるほど批判にさらされるのは当然である。 政治家にしろ、教授にしろ自分の言うことで皆が間違った道を歩む可能性がある影響力のある人達は総じて慎重な言動をするようになる。それだけ教授が言った言葉は重みがある。日本では特に無批判でそのままその意見が通ってしまう傾向が強い。ところがスタンフォードではCGに敬意は払っていても平気で議論の場で反対意見を述べる。これはアメリカのアカデミックセンターに共通するとてもいい部分だと思う。CGというレジェンドに対しても平気で批判するし、反論する。その議論を「活発な批判的吟味」と考えるか「教授にたてつく不逞の輩」と考えるかの違いだろう。CGはその批判的吟味があることを当然として自分の考えを述べる。彼の考えは とてもユニークで、臨床の観察に基づいているので何らかの真実を含んでいるので私は彼と話していてとても面白い。注意しなければならないのは彼の主張には科学的に実証される以前の物も含まれているということである。そして彼はその考えを披露して批判的吟味にさらすことを全く恐れておらず、「いい批判的吟味」を取り入れてよりよい形にしていく。だから、数年経って彼の意見が修正されることはよくある。ヘーゲルの言う所の正、反、合を地でいっているのだろうと思う。このプロセスは言ってしまえば簡単だが、実際にやると 自信がなければプライドも傷つくので簡単ではない。彼と議論する側も必死である。でも、時々いいポイントをついて彼が「なるほどそれも一理ある」なんて言ってくれると非常にうれしいが、残念ながらそんなことは滅多に起きない。大抵は「それは私が○○年に発表した論文で否定している。」「それは私が既に○○年に発表したことを言い換えただけである。」といわれてやり込められてしまう。

 彼は日本でも講演をよくやるし、主要な睡眠の国際学会には必ず顔を出して発言する。そこで機会があれば、知り合いとごにょごにょ批判するのではなく公の場で彼と議論してみてほしい。「いや、私のデータではおっしゃっていることを確認できませんでした。私は、それは○○が原因と思います。どう思われますか?」なんてことを言われた彼がどうやって反論するかを見るのは本当に楽しい。

 ところが、彼に議論で対等に渡り合うのはかなり難しいと言っておかねばならない。OSAを例にとってみよう。例えば CGが外科系の医師とOSAの外科治療について議論したとする。CGはPSGの細かいデータで議論しようとするだろう。その外科系の医師がPSGの知識があれば議論になるが、なければ彼の御高説を聞いて終わってしまう。 毎日10数件のPSGを読み続けている彼のPSGの知識は半端ではない。すべてのパラメータのフィルターセッティングやサンプリングレートも含めて神経生理専門の私が驚くほどの知識を持っている。それだけでなく、新しいパラメータを探し続けている念の入りようである。スタンフォードというと食道内圧測定が有名だが、彼はそのプローブの改良にまだ情熱を燃やしている。彼に言われるまでもなく睡眠医学にとってPSGが共通言語であることはISMSJでも口うるさく言っていることだが、彼が容赦なくPSGを通じて議論を吹っかけているところを見ると生半可な知識でわかった気になっていた自分が恥ずかしいと思える。

 では、PSGや脳波が得意な神経内科、精神科を出身の医師が議論を挑んだらどうなるだろうか。実際私がそうだったのだが、治療論が咬合、上顎低形成、下顎低形成や歯牙欠損の話をされるとまったくお手上げになる。私はフェローシップのおかげでなんとか最近議論ができるようになった。ご存知のとおり彼は矯正歯科、口腔外科、耳鼻科とOSAの外科治療をさんざんやってきているので「なんとなく外科的治療いやだなあ」と思いながら挑むと議論にならない。
また、小児OSAの知識も半端ではないので成人だけしか診療していない医師だとかなわない。逆に小児睡眠の専門の医師だと睡眠の話題が成人へ移行すると議論にならなくなる。呼吸器内科出身の医師ならどうだろうか。PAP 療法のことなら互角にやり合えるだろうが、RLS、ナルコレプシーやパラソムニアの話になったとたん彼にこてんぱんにやられてしまうだろう。よって一番確実に彼と互角にやり合う方法は自分の専門領域を踏み越えずに局地的な議論をするしかない。

 別の道はPSGを読めて、小児と成人の睡眠を診療できて、PAP療法をちゃんとマネージメントできて、OSAの外科的治療もオーガナイズできるような存在 になるしかない。これこそが睡眠専門医であるが、なかなか養成するのは大変である。 だからこそ、CGはスタンフォードでフェローの教育に指導医の中で一番熱心である。睡眠専門医を育成することがその施設のレベルを証明するとでも思っているようである。そして彼とまともに議論ができる睡眠専門医がいるかどうかをその国の睡眠医学の基準としてみているきらいがある。

今度彼のレクチャーを聞いたら是非議論をしてみて欲しい。英語が苦手なのは彼も同じなので気にすることはない。そして日本人としての矜持を示してほしい。

CGは常に何かを探している。フェローか書類か。

CGは常にフェローを教育してやろうと思っている。彼を止められるものはいない。

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