日本臨床睡眠医学会
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第2回 「私がなかなか睡眠外来をやらせてもらえない」理由

2009 年 6 月 28 日

           

テキサス州ヒューストン メソジスト病院 
               神経内科神経生理部門 河合 真

 SLEEP MEDICINEと聞いて最初に想像することは何でしょう?
 私がベイラー医科大学で神経内科レジデントをしていたとき、「神経内科だったらSLEEP MEDICINEも選べるよ」と同僚のレジデントと話したことがありました。それが、確かSLEEP MEDICINEが私の側頭葉に記憶された最初の瞬間でした。
 レジデント終了後の進路を話していたときでもあったので、一瞬神経内科のさらなる自分の専門分野として考えました。そのときは、その1秒後に前頭葉によって却下されました。理由は「SLEEP MEDICINEというからには、週に何回も夜中におきて検査をしなければならないに決まっている。そんな睡眠をろくに取れなさそうな分野では、やっていけないに決まっている。」という論理でした。後にこれは私のおおいなる無知による誤解であったことが判明します。
 ただ、その時期は内科と神経内科で散々病院内当直をこなしていた時期で、夜間に自分がしでかしたお粗末な失敗の数々で自信喪失気味でしたので、DEFENCE MECHANISMが作動して早々に却下したことも無理はありませんでした。後に立花直子先生と話をしてみて過去の日本の終夜睡眠ポリグラフ検査 (PSG) というのは、私が恐れていたとおりの状況で医師が起きて監視をしていたとのことを聞き、あながち私の想像も間違いではなかったと知りました。
 さて、実際の米国におけるPSGはどうやっているかといいますと、技師監視のもと行われて、医師は自宅待機で寝ているという状況です。もちろん、何か起きれば連絡がきて起こされるわけですが、大抵の問題は技師が解決してしまいます。(この技師と医師の関係に関してはまた、後日述べたいと思います。)
 ですから数年前まで米国で「私の専門はSLEEP MEDICINEです。」というと「いい生活で、いい収入に違いない。うらやましい。」という反応がありました。
 その結果、多くの医師が「睡眠診ます」と標榜し、にわか「睡眠医師」が急速に増えました。
 現在のヒューストンでは米国睡眠医学会 (AASM) 認可、非認可の睡眠クリニックはあわせて300程度あると言われています。ですから今では、「競争が激しそう。軌道にのったらいいけどね。」という反応が返ってきます。非認可といっても質を学会が保証していないというだけで、違法ではありませんし、医師免許をもった医師が行っており、保険会社、機関から医療費を支払ってもらっているわけです。米国睡眠医学会もなんとか睡眠ラボの質を維持しようとして、睡眠ラボの認可や睡眠専門医制度を利用しているのですが、まだ分野として成熟していないために徹底されていません。米国睡眠医学会では、にわか「睡眠医師」たちも教育して取り込もうと思った模様で、受験資格を大幅に緩和しました。ただし、実際に私も受験した感想としては、かなり難しい試験でした。
合格率73%と低めであったのは、質だけは保証しなければならないと考えた米国睡眠医学会の矜持であったのだろうと思っています。
 さて、この300施設という数字をどう考えるかです。クリニックの90%以上の患者はOSAS(閉塞性睡眠時無呼吸症候群)ですので、OSASの罹患率を元に考えます。大体日本でも米国でも成人の5%程度だと言われています。ヒューストン市の人口が400万人で、ほぼ70%が成人ですので、280万人中の5%がOSASと考えますと、14万人が罹患している計算になります。睡眠ラボが300あったとしても1施設あたり466人の患者がやってくることになります。外来で診れば、3ヶ月に1回診察したとしても1日7-8人はやってくる計算です。1人あたりの医療費の単価が高い米国では十分生計が成り立つわけです。
 ところが、現在では「過当競争だ!」といわれています。理由は、いろいろあると思います。まず、米国ではPSGは理由なく繰り返せませんので、常に新患患者を獲得していかないと睡眠外来は成り立っても、睡眠ラボが成り立ちません。
 また、別の理由としては疫学データの落とし穴があります。罹患率5%といっても実際に「日中の眠気」などの症状があって「医者にかかりたい」と思う患者さんのデータではありません。日本においても、私が勤務していた東海地方で、昨年来の急速な景気悪化で新規の睡眠検査の数が減少するという事態に遭遇しました。「お金がないから、ちょっと睡眠のことは後回しにしよう」と思った患者さんがいたわけです。それと同時にリストラされたにもかかわらず、「お金はないけど、CPAPがないと就職活動にもならないから通い続ける!」といっていた患者さんもいました。ですから、日本も今は睡眠ラボの絶対数が少なく需要が供給を上回っていると思われますが、いつ何時逆転しているかわかりません。疫学データというものは本当に注意して考える必要があります。昨今名前も変わり、話題になっているレストレスレッグズ症候群も、おそらく疫学上の罹患率と実際に臨床上問題になり治療対象になる患者の数にかなりの差がある印象ですので、慎重に考える必要がある点は同じでしょう。
 そうそう、これが第1回に私が話した「私がなかなか睡眠外来をやらせてもらえない」理由なのです。なにしろ競争が激しいのです。でも、先月から曲がりなりにも睡眠外来もスタートさせてもらえました。まさに、ビジネスの世界でいうところの「過当競争のマーケットに無謀にも新規参入した」という状況です。ですから1人の患者さんも決して逃すまいとしています。こんな気分で外来をやることは日本ではあまりなかった経験です。患者があふれかえっていて、十分な時間が取れない睡眠外来はこちらでは羨望の的です。

 みなさんの地域ではどうですか?

ショッピングモールの一角にある睡眠ラボ。まったく医療とは関係のない普通のモールにもこのように開業している。また、ホテルの部屋を借りて開業することもよくある。立地条件がいい反面、遮音、遮光が徹底できるかが問題になる。