第9回 (恐怖の)アメリカパーティー失敗あるあると睡眠不足
2011 年 10 月 6 日
テキサス州ヒューストン メソジスト病院
神経内科神経生理部門 河合 真
「なんでこんなパーティーにでなきゃいけないんだ?」その日の私は何度も妻に愚痴った。チェアマンが友人である高名な医師に招待講演をさせた後に自宅のパーティーで歓待することは決して珍しいことではない。そしてそれに出席することはこの科のファカルティの一員としては義務に近い。確かにわかっていた。だから何度も愚痴りながらも出席することにしたのだ。ただ、なぜか何もかもが気に入らなかった。金曜日の夜は久しぶりにテニスがしたかったとか、せっかく脱いだスーツをまた着なければいけないとか、アメリカのパーティー特有の時間の読めない感じとか(時間通りにいったら、1時間はカクテルだけで大してよくも知らない人達と愚にもつかない話をしなければならなかったりすること)普段気にもならないことが頭を離れず私をいらつかせた。そして、いつものように1時間遅れでパーティーに行った。チェアマンの自宅はヒューストンには珍しい高層マンションの最上階ペントハウスである。芸術に造詣が深い彼は、自宅に様々なオブジェを飾り、照明で演出し、招待客達の眼を楽しませていた。モノトーンの中にも彼が好きな赤色をうまくアクセントとして配色してあり、センスの良さを感じる。自宅のパーティーといっても、奥さんがオーブンから自慢のチキンの丸焼きを出してくるような牧歌的なホームパーティーではない。料理はすべて隣の高級ホテルからシェフが出張ケータリングで準備し、プロのミュージシャンが音楽を奏でる。そんなパーティーで私は大失態をやらかしてしまったのである。
まず、小さい失敗ともいえない失敗が重なる。ついおいしそうな肉とデザートの誘惑にまけて席を立ち料理を取りにいってしまった。実はアメリカのパーティーの食事はおいしくないことが多いのとがつがつ食べるとなんとなく格好よくないので、すこし家で食べてから参加することが多く、その日も対して空腹だったわけではなかった。そして、もし、席をたつのであればその席を確保するべくグラスを席においておけばよかった。これは単に面倒くさかったにほかならない。大丈夫だろうと高をくくっていたのもある。
そして、私が料理をとって戻ってきてみると、そこには招待講演を終えて開放感に浸る高名な医師がワインを片手にご機嫌で私の席に座っていた。「おいおいそこは俺の席だから、どいてくれ!」と思ったが、そんなことを口走るわけにはいかない。仕方なく他の席を探すが、みな腰を落ち着けてしまって、折悪く席が空いていない。
それなら、あきらめて皿をおけばよかったし、どこかべつのところに座ればよかったのだが、なぜか元の席に執心してしまっていた私はしばらくうろうろして、さらに席をさがした。するとなんとか座れそうなスペースがソファの端にあいているのが見えた。そこに到達するには少し狭い壁際のスペースを歩かなければならなかった。とりあえず座りたい一心の私は、そのスペースに向けて足を進めた。そこに座っていたレジデントが気を効かせてずらしてスペースを空けてくれたのが目に入った。やれやれやっと座れる。と思ったときなにかがコツンと腰にあたった。ふと振り返ると50センチほどのガラスのオブジェが台から倒れていくのがスローモーションのように目に入った。女性の形をしたガラスのオブジェが伸ばした私の手をすり抜け「ガシャン」という世にも恐ろしい音をたてて床に落ちた。女性像の頭と腕の部分が無残にもげている。人格者で知られるチェアマンですら、蒼白になっていたのでおそらく相当高価なものだろう。なんとか「気にするな」と絞りだすように言った彼はやはり人格者だった。そのあとの私はとりあえず平謝りに謝った。全く固定せずにオブジェを飾る神経もいかがなものかと思うが、まあとにかく私が悪い。そのあとのパーティーは最悪の気分で誰と何を話したかもよく覚えていない。ただ、他の招待客の「ああ、気の毒に、私でなくてよかった」という視線がとても辛かったのは鮮明におぼえている。
なぜこんなことになったのか? 結果としてみてみると「どんくさい(関西弁で“要領の悪い”という意味)マコトがチェアマンのガラス像を壊した」で終わる。が、そこに至るまで普段ならやらない小さな失敗をくりかえした。なぜそんな失敗をしたのか?私にはよく分かっている。私事だが、1か月前に娘が生まれた。極めて正常なことだが2時間毎に起きる。海外で出産してくれる条件として家内と「絶対に育児に協力する」と約束したので、授乳は家内の役目だが、おむつ替えやら、寝かしつけたりは私が担当している。当たり前だが、睡眠不足になる。おそらく2-3時間ほどの睡眠負債を平日積み上げ、週末昼寝することで取り戻している。というわけで金曜日の夜は最高に睡眠負債がたまった状態である。簡単にいえば「睡眠不足」である。
睡眠不足を経験したことがない人はいないだろうし、睡眠の重要性を認識できるもっとも身近な問題でもある。ただし、身近な問題だが、正確な情報が一般の人に伝わっているとは思えない。特に米国の社会にくらべて日本の社会の睡眠不足に対する認識は低い。単に自分の経験に基づいている認識だが、断言してもいい。それは睡眠の病歴をとっていてもよくわかる。就寝時間、入眠時間、起床時間を聞くのは基本だが、日本の場合深夜12時以前に就寝しているサラリーマンは珍しいと思う。
米国の場合、まあ遅くとも午後11時までに就寝していることが多い。そして口をそろえて「7-8時間寝ないといけないんだろ?」と聞いてくる。細かいことを言い出すときりはないのだが、9割の人たちにとってはそれでいいので、マスの医学としてはこれでいい。たまにこの知識があまりにも米国社会で広まっているために「どんなに頑張っても6時間しか眠れない。」と言ってまったく眠気もなく絶好調な人が私の睡眠クリニックを受診するのはご愛敬だろう。
話を日本に戻そう。日本で私が診療していた時、私のクリニックを受診する多くのサラリーマンは疲れを訴えていた。睡眠時間は長くても5-6時間であった。当然眠いと思うのだが、不思議と眠気よりも「だるい」「きつい」と倦怠感を訴えた。もちろん睡眠時無呼吸症候群であれば治療はするのだが、明らかに睡眠不足なので「睡眠時間を長くするのが根本治療です。」というと「ああ、なんだ、そんなことか。それは無理だ。」となる。このとき日本社会の睡眠「バカの壁」とでもいうべきものの存在を感じる。
以下のグラフを見てもらいたい。Van Dongenらが2003年にSleep誌に掲載した慢性睡眠時間制限(chronic sleep restriction)と急性睡眠時間制限(acute sleep restriction)の実験結果である。左はある単純な作業におけるミスの回数。右はアンケートによる自覚的な眠気をグラフにしたものである。X軸で睡眠時間制限を続けた日数を表している。急な曲線ほど極端に睡眠時間を制限している。一番急な線は断眠を表している。睡眠時間制限の程度と比例してミスの回数が増えていくのがよくわかる。そして、面白いのが、右のグラフでは、自覚的な眠気が日数とともにプラトーに達しあまり上昇しなくなることである。断眠では持続日数と比例して自覚的な眠気が強くなるのに、なぜ慢性的な睡眠時間制限ではプラトーに達するのかうまく理由は説明できないが、言われてみれば思い当たる節がある人は多いのではないだろうか。つまり、非常に大切なことは、睡眠不足によるミスは睡眠不足に比例して増加していくが、その作業能率の低下は「眠気」だけでは予測できないということである。「眠気を感じたら休め」ではミスは減らすことはできない。私も経験があるが、医学部生から研修医になって突然睡眠時間が減ったとき「ああ5-6時間睡眠でもなんとか俺って働けるんだ」と思ったが、これは結局眠気がプラトーに達していただけで、慢性睡眠不足でミスの可能性はどんどんふえていっている。睡眠不足を解消するには睡眠をとるしかない。訓練でどうにかなるものでもないし、覚醒を促すような薬を処方するなんてとんでもない。
労働管理をする側の睡眠の認識もまだまだ足りていないと思う。管理者が従業員の作業のミスを減らしたいと思うのならば、絶対に従業員が十分な睡眠をとれるように環境を整えることを考えなければならない。
医療でも同様である。今回の私の失敗は「ガラス像が壊れる」という悲劇を生んだが、こと医療に関して言うと最悪の場合「死」があり得る。昨今米国では研修医の労働時間管理に非常にうるさいが、これも睡眠医学がこういった研究結果について発言するようになったという状況がかなりからんでいる。
睡眠医学に携わるものとして最も身近な睡眠の問題である睡眠不足を折りあるごとに周知していきたい。今回は、あまりの自分の失態をなんとかポジティブに変換するセラピーも兼ねているので少々乱暴な文体だがご容赦ねがいたい。
■ 睡眠時間0時間=断眠
○ 睡眠時間4時間
□ 睡眠時間6時間
◇ 睡眠時間8時間
Van Dongen HPA, Maislin G, Mullington JM, Dinges DF.
The cumulative cost of additional wakefulness: dose-response effects on neurobehavioral functions and sleep physiology from chronic sleep restriction and total sleep deprivation. SLEEP 2003;2:117-126.
実際のものとは異なるが、イメージしやすいように載せてみた。これをチェアマンの家のパーティーで破壊したと想像してほしい。