「第6回ISMSJサテライトシンポジウム」レポートをUPしました
2014 年 10 月 9 日
私がISMSJの学術集会に参加するようになってはや6回目となりました。
幸いなことに学術集会には第1回目から参加させていただいておりましたが、今回は第3回から5回まで続いていたPSGのハンズオンセミナーがなくなり、3日目に複数あった企画が今回1つだけになっていました。このため、毎回すべてに参加したいと悩むことが多かったのですが、今回は悩むことなく参加することができました。
当日は、精神科クリニック、総合病院睡眠医療センター、大学研究機関、睡眠クリニック、国際睡眠専門医、米国睡眠専門センターと様々な背景をもった先生方がお話をされました。
トップバッターは、精神科開業医である堤俊仁先生。日本の睡眠研究の草分けである菱川泰夫先生が、まだ大阪大学で活躍されていた頃に直接指導された最後の世代にあたるとのことでした。とはいえ、お題は『外来診療での睡眠の重要性』でしたので、実例をあげた上で、『睡眠薬を使わない・増やさない』ということをプロフェッショナルだからこそ行っておられることなどを話されました。これには目から鱗が落ちましたが、確かに『なるほど』と頷かされるとともに、神経内科という内科的な立場からは受け入れがたく感じる(というより個人的に薬の処方もしないで様子を見るということに抵抗を感じてしまう)ところもありました。しかし、今までの自身の固定観念からは出てこない考え方を自覚することができ、大変勉強になりました。
「外来診療における睡眠の重要性 (堤 俊仁)」の内容はこちら
2番手は、日本国内では数少ない北米型睡眠センターでご活躍中の谷口充孝先生でした。純粋な北米の睡眠センターでは検査だけしか行わないのに対し、日本だからと思いますが、谷口先生のおられる睡眠センターは睡眠関連疾患全般の診療も併せておこなっている施設と聞き及んでいました。テーマは『どんな患者を睡眠専門医へ紹介すべきか』ということでしたが、まず初めに睡眠診療の現状を解説され、次に睡眠の問題をかかえる患者が難民化している現状を説明されました。谷口先生の施設においてすら、睡眠に関する問題を全般的に対応するには、人員も時間も不足しており、何とか過眠症や不眠症の新患患者を月に一定数対応するのが限界で、睡眠覚醒リズムに基づく問題や精神科疾患に基づく二次的な睡眠の問題については対応できていないということでした。さらに経営的なことを踏まえるとSAS患者に対するCPAP管理外来(毎月約3000台)を維持せざるをえないようであり、現状維持に汲々としている様子でした。そうなっている理由としては、谷口先生の施設だけの問題ではなく、全国的にみて睡眠関連疾患全般の対応ができるとされる専門施設ですら、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療が中心になっていることが多いとのことでした。そのため、臨床現場で対応に困ったら専門医に紹介して任せるということ自体が立ち行かなくなってきているのではないかと考察されていました。さらに、睡眠疾患と精神疾患がお互い同様の症状・問題を合わせもつことから、睡眠疾患を診る医師とはいえ精神科医でなければ苦手意識をもってしまい、全ての睡眠の問題の責任をSASに押し付け、SASのみの対応で診療を終了してしまうのではないかという指摘もありました。
以上を踏まえ、テーマに対する解答として、『これといった決まったものはなく、(おそらく紹介医師も含め)精神科を背景としないが睡眠を専門とする医師が、精神科の知識を高めて対応していかざるを得ないのではないか』という見解でした。谷口先生のお話は、神経内科を背景として睡眠診療を行っているわが身をふりかえると、いちいち身につまされる感があり、自分の診療科の守備範囲とする領域を超えて、今後もっと精神科の先生に教え受ける機会を作り、さらに互師互弟としてお互いが学び進歩していけるようにしなければならないと感じさせられました。
「どんな患者を睡眠専門医に紹介すべきか?(谷口 充孝)」の内容はこちら
3番手は、大学で研究に勤しまれている歯科の加藤隆史先生でした。加藤先生は歯ぎしりの研究をされており、テーマは『睡眠をじっくりみたら気づく現象』でした。普段、SASの治療としてマウスピースを歯科に依頼することがありますが、歯科の先生のお話を聞く機会はほとんどなく、さらに『歯ぎしり』についてはあまりよく知らないということもあって、学生が講義を受けるかの如く聴講しました。
前半はかみ合わせの違和感について、歯科的に問題がなくとも訴えがあると何らかの対応をせざるを得ないため歯を削ってしまう傾向にあり、しかも一時的に症状が改善することもあるためか精神科受診を勧めても拒否されるケースや、精神科から一般歯科に紹介されると何か対応をせざるを得ないと感じて大学に紹介され、大学に集中してしまうケースなど、悩ましい件について紹介がありました。睡眠診療に携わっていると、えてして類似したケースを経験するため、けっこう共感を覚えました。
引き続き、歯ぎしりについて、疫学、分類、リスクファクター、発症機序について説明があり、新しい知識を取得できました。ただ、お話の中で、歯ぎしりに対する医師の興味が非常に低いと指摘がありましたが、これについてはその通りとしか言い様がないように思いました。というのも、睡眠医学として系統的に学ぶ機会がなく、また全般的な睡眠の臨床を学ぶ場がほとんどない現状があり、終夜PSGのraw dataをみることもなく、歯ぎしりの音を聞きたこともなければ、歯ぎしりの様子を見たりすることすらなければ、日常診療に汲々とするうちに、『歯科に紹介しとけばいいや』と考えてしまうようになってしまうのではないかと思われました。しかし、睡眠を専門としてやっていこうとしているわが身にとっては、守備範囲外でも学んでいく必要があると感じているため、今後はマウスピースの紹介だけで歯科とつながるのではなく、睡眠全般について歯科と連携する必要性を再認識させられました。
「睡眠をじっくりみたら気づく現象 (加藤 隆史)」の内容はこちら
4番手は市井で睡眠クリニックを営まれている京谷京子先生でした。京谷先生は精神科医ですが、睡眠疾患と精神疾患の両者を診療されておられる先生です。テーマは『睡眠薬を処方する前・する時・した後に考えること』で、シェイクスピアの古典を引き合いに出しながら講演され、不眠に対し睡眠薬の処方をする前に色々とすることがあることをお話しされました。お話の中で、経営的な観点からお金がいくらもらえるのかということを入れつつ、本来は時間をかけて薬を使わずに対応を開始するところ、実際には薬から開始することが主流となっていることを指摘されていました。また、本格的なものではありませんが、ごく簡単にできる認知行動療法として、私もよく現場で使用している睡眠日誌の利用を推奨されていました。たしかに自分の経験を紐解けば、夜なかなか寝付けないとか昼間眠いといった主訴で受診された患者さんの中に、睡眠日誌を書いてもらってきただけで、自身の問題の原因を認知し、それを改善しようと行動され、外来に来られた際には『よくなりました』と報告される方が少なからずおられました。意識せずに認知行動療法を行っていたことになりますが、睡眠日誌の利便性を再確認させていただけました。
「睡眠薬を処方する前・する時・した後に考えること (京谷 京子)」の内容はこちら
5番手は、総合病院の中で睡眠専門医として睡眠センターを切り盛りしている立花直子先生でした。テーマは『ベッドパートナー(目撃者)なしのガラパゴス睡眠診療を乗り切るために』でした。日本の睡眠医療が国際的な睡眠診療と比べて如何にガラパゴス化しているかということの一例として、欧米では夫婦一緒のベッドで寝る習慣のため情報が容易に得られるのに対し、日本では特に年を取ると夫婦別室のことが多く、寝ている時の様子を家族から得られにくいということをあげられていました。これに加え、私個人としては、医療機関へのアクセス自体、米国では家庭医などの紹介がなければ専門機関を受診できず、内容に見合った保険を持っていなければ検査も受けられないのに対し、日本ではいきなり(他県であれ)専門施設を受診できるし、国民皆保険のため負担も低いことなど、制度上の違いもあるように思われました。次いで、目撃情報が得られにくい状況において、睡眠中を含め睡眠以外の行動をよく観察する必要のあるレム睡眠行動異常症(RBD)、レストレスレッグズ症候群(下肢静止不能症候群、RLS)、ナルコレプシーの3つの疾患について紹介されました。これらの疾患をどの診療科が対応することになるかというと、国際的には神経内科になると思われますが、日本では専門家とされる神経内科医が睡眠関連疾患について正確な知識を学ぶ場がないことや、睡眠の精密な検査ができるところが少ないなどの問題点を指摘されました。
神経内科を背景とする私としては、今回あげられた疾患について、学生時代はほとんど学ぶ機会がなく(むしろナルコレプシーは精神科で聞きかじる)、RBDやRLSは神経内科としても学ぶ機会があった時でも、どちらかと言えば各種学会のランチョンセミナーを含んだ製薬会社の勉強会などが中心であり、そこには早期に発見して薬を早期から使ってもらおうということが背景にあるように感じていました。また、ナルコレプシーについては、神経内科の側からみると神経内科が対応すべき疾患と認識していないように思えることが多いように感じていました。そのため、精神科や神経内科といった脳に関わる診療科を背景とした医師が、睡眠の事を専門的に学んで全般的に対応できるようにし、また睡眠科とでも称すべき講座(寄付講座に非ず)を大学に作り、学生レベルでの教育・医師の研修など行うことが必要ではないかと考えてしまいました。
「ベッドパートナー(目撃者)なしのガラパゴス睡眠診療を乗り切るために (立花 直子)」の内容はこちら
とりを務めたのは、スタンフォード大学の睡眠センターでクリニカルフェローとして診療に従事されている河合真先生です。テーマは『睡眠への愛を境界なく広げるために』でしたが、実は以前同様の内容をお話しされたことがあり、その際には諸事情で聴講することができなかったため、一番楽しみにしていました。
河合先生のお話は、それまでの5人の先生が各自の睡眠愛から昇華したお話しであったのに対し、原点である『睡眠への愛』を明らかにし、認識させるもののように感じました。テーマにある『睡眠への愛』を広げるためには、愛とは何かを自覚する必要があり、境界なく広げるためには境界とは何かを自覚しなければ始まらないということで、まず『睡眠への愛』探しの旅が始まりました。愛とは何か、具体的な例を挙げながら、睡眠への好奇心の否定、手段としての睡眠医学の否定、行動を伴うことの否定と否定に否定を重ねて、追及するにつれてより愛に迫っていきました。その過程で、『睡眠への愛』を証明する方法が探られ、睡眠そのものを把握することが愛の証しであるとされ、現在のところ終夜睡眠ポリグラフィ(PSG)がそれにあたると導き出されました。つまり、PSGなくして『睡眠への愛』に至ることが出来ないということですが、睡眠医療に関わる様々な分野の人たちがPSGを介して睡眠をとらえることで、『睡眠への愛』がおのずと備わるということを言われたのだと思いました。
愛について一段落したところで、次は境界とは何をさし、『睡眠への愛を境界なく広げる』とは何なのかということについて話が始まりました。私の理解では、境界とは『自分の境界』のことでした。睡眠医学は非常に広範な領域にまたがっているため、1人ですべてをカバーして担うことが困難であり、結果的に各人が自分の得意分野を持つことになってしまいます。そのため、おのずと自分の得意分野に対して非得意分野が生じ、それが境界になってしまうということでした。そうなると、自分の得意分野の中ではプライドを保てますが、そのまま現状で停滞すると非得意分野ではプライドを保てません。こうなった時、人は狭い世界に閉じこもるか、境界を乗り越えて世界を広げるかのいずれかを選ばざるを得ないのではないでしょうか?しかしながら、閉じこもることと違い、境界を乗り越えるためにはエネルギーが必要です。その原動力は何かと考えると、それこそ『睡眠への愛』ではないのかという答えにたどり着きました。
河合先生からは、最後に、愛し続けることは難しい事、特に周囲にも同様に愛を持った人がいなければ非常に困難であることを、隠れキリシタンに例えられました。その上で、ISMSJの学会自体を『睡眠への愛』を確認に来るための礼拝堂と例えて、年に1回ですが毎年の参加を呼び掛け、将来的には迫害されないように愛を広げようと呼び掛けられておられました。絶妙な例えかたでしたので会場は大いに沸きあがり、その姿はまさしく睡眠の伝道師であると感じられました。
「睡眠への愛を境界なく広げるために (河合 真)」の内容はこちら
本会のテーマが<『これからの睡眠』を社会と個人の視点から問う>であったのに対し、サテライトシンポジウムのお題が<社会と個人のために『これからの睡眠』を医療に広げるには?>と、問われたからには答えなければという、まさに締めを飾るにふさわしいものでした。
各先生方は、それぞれの立場からと、立場を超えて『睡眠への愛』から発露したものをお話されていたように感じました。そう感じていられるのも、少しはPSGを介して睡眠を把握しようとしているからだと思います。しかしながら、まだまだ自分勝手な愛でしかないため、本質を理解できたとは到底いえません。愛にはいろいろな形があるとはいえ、より純粋な愛になるよう、今後も精進あるのみと思います。
毎回練りに練ったプログラムを準備されている実行委員の先生方には、感謝の気持ちとともに、大変と思いますがまた来年も期待していますので頑張ってくださいとこの場を借りてエールを送らせていただきます。
徳島大学大学院 ヘルスバイオサイエンス研究部 臨床神経科学分野
谷口 浩一郎
谷口 浩一郎