日本臨床睡眠医学会
~日本に境界なき睡眠医学を創る集い~

サイト内検索▶

第11回 サマータイム制が解決策になるわけがない

2018 年 9 月 14 日

           


スタンフォード大学 睡眠医学センター
                河合 真

日本の夏は暑い。その暑い日本の夏にオリンピックを開催することになり、競技者の生命の危険が指摘され始めるとまたぞろあの亡霊が蘇ってきた。
2008年に睡眠医学に携わる研究者と医師が総力を挙げて葬ったはずのサマータイム制だ。
私は誰にもこの愚かな制度を何かの解決法として考えてほしくないので忌み言葉として「名前をいってはいけないあの制度」と呼んでいる。そんな封印をやぶってまた蘇ってきた。本当にしつこい。

現在サマータイム制を実施している欧米諸国からのデータに基づいて、色々とその功罪が言われている。
しかし、なぜこれほどまでに私がサマータイム制を毛嫌いするかというと、「サマータイム制は必然的に睡眠不足になる」からである。

では、なぜサマータイム制で睡眠不足になるのか。本コラムの読者の中には、サマータイム制に疎い方もおられると思うので簡単に説明しておく。
サマータイム制とは夏の一定期間だけ、全国の標準時間を前進させる制度だ。睡眠医学の世界で「時間の前進」というと、時計を「進める」ことを意味する。
日本政府は現在、2時間時計を進めるサマータイム制を画策している。このサマータイム制のもとでは、現在の午前7時は午前9時になるし、午後2時は午後4時になる。
「ん?、別にそれならどうってことない」「2時間分がどっかに吹き飛んで終業時間が早くきてラッキー」と思うかもしれない。
そう、覚醒しているときに2時間時計を前進させても特に何も感じないのだ。実際、時間の切り替えは経済活動への影響を減らすために夜中に行われる。
多くは深夜午前0時が午前2時になるのだ。これも「ん?寝ているうちに変えてくれるなら別に何も感じない」と思うかもしれない。

ちがう!

ここからはややこしいのでよく注意して読んでほしい。一番の問題は起床時間に生じる。
例えばある人がサマータイム導入前には午後10時に眠って午前6時に起床して睡眠時間8時間を確保しているとしよう。
そんな人が夜中に2時間前進させるサマータイムが導入されるとどうなるか?ある日突然、普段の午前4時がサマータイムでは午前6時になっているのだ。
だから、午前6時起床をサマータイム制でも守るなら普段の午前4時に起きなければならない。
もし普段の午前6時まで眠ってしまったらサマータイム制では午前8時になるので遅刻してしまう。
単純な話、睡眠時間が2時間削られるのだ。そして、しばらく体内時計とサマータイムの間に2時間の差を感じながら生活することになる。
カリフォルニアに住む私は、毎年1時間前進させるサマータイム制のもとで、「同じ時間に起床しようとすると1時間睡眠時間が短くなってしまう」ことを経験しているが、1週間ほどは睡眠不足で日中の生産性が低下する。
2時間なんて想像するのも恐ろしい。「ならば、その分早く就寝すればいいではないか?」と思われるかもしれない。
しかし、睡眠医学をかじった人にとっては常識だが、睡眠相を「前進させる」のはかなり難しい。理由は3つある。
1)まず、眠気というのは時刻が遅くなるにしたがって強くなる。そのため早い時間帯よりも遅い時間帯のほうが入眠しやすい。
2)さらに、皆さんも経験があると思うが、就寝前の2-3時間というのは覚醒のパワーが強くなっていて結構活動ができる。例えば午後10時に就寝する人にとっての午後7-8時に相当するのだが、その時間帯を睡眠医学では「睡眠禁止時間帯」と呼んで無理に眠ろうとすることを戒めているのだ。
自分の経験を思い出してもらえばわかるが、「まだ眠くないのに眠る」というのは無理なのだ。ちなみに逆に時間を後退させる(例:午後10時に就寝する人が午後11時に就寝する)のは「眠いけど頑張って遅くまで起きている」ということなので相対的にそれほど難しくない。
3)その上、2時間のサマータイム制では午後9時でも(本来は午後7時なので)日没前なので眠るには明るすぎるのだ。確実に子供たちの就寝時間が遅くなる。

そして、朝はまだ「暗い」ので起床時刻が遅くなる。すなわち、 サマータイム制に順応できないと、時間が前進する分睡眠相が後退してしまうのだ
以下に本間先生らが2012年にまとめた冊子から抜粋した表を載せる。
一般向けに書かれているが非常によくまとまっているので、サマータイム制を語るならぜひご一読願いたい。

http://www.jssr.jp/data/pdf/summertime_20120315.pdf







当然この睡眠不足は一時的なものに過ぎないので、導入している国の生活が何とか成り立っていると想像するが、この最大の短所を解決しないままで「経済的利益」だの「日照時間の有効利用」等語っても無意味であろう。
以下は、1996年にCorenがカナダにおけるサマータイム制が開始する時 (Spring Shift)と終了する時(Fall Shift)の交通事故の増減を調査したデータである。
灰色の棒が開始と終了直後の交通事故数を示している。春にサマータイム制が開始した直後に交通事故数が増え、その後1週間で同じレベルに戻る。
秋にサマータイム制が終了して1時間睡眠時間が延長されると交通事故が減少し、またその効果が1週間で消えるということが起きる。
この効果はだいたい8%程度の増減だったと報告されている。しかしこの変化が人間の概日リズムに及ぼす影響は人によって様々で、適応するのに3週間から4週間程度かかるという報告もある。
特に「夜型」の人が悪影響を受けやすい。すなわち生理的に睡眠相が後退している(宵っ張りの朝寝坊)10代の若者がもっとも睡眠時間が削られ日中の眠気が強くなる。







Coren S. N Engl J Med 1996;334 (14):924


そして忘れてはいけないこと。そもそも日本は
「睡眠時間が短さ世界第2位の国」なのだ。







OECD social indicators 2009

睡眠時間がもともと少ない国民がカツカツの睡眠時間でなんとか社会生活が成り立っているのに一時的とはいえ全国民の睡眠を2時間も削るなどというのは国民の健康を大切に考えているとは到底思えない。
さて、いつの時代もサマータイム制を導入しようなどと言い始める人たちは「経済的に利益がある。」と言う。
さらに、「欧米では導入している」などと思考停止しているのではないかと思うようなことを理由にあげている。
本当に愚かだと思う。なぜなら、以上のように 健康によくないというデータが嫌という程発表されているからだ。
そしてそのデータは「先進国である欧米」から出ているのだ。私に言わせてみればこんな愚かな制度を止めることができない欧米に日本が「馬鹿馬鹿しいからやめろ」と言ってやらねばならないと思う(実際、2018年9月3日現在、EUでは廃止されそうという報道がなされている)。
ちなみに私が在住しているカリフォルニアを含め、アメリカのほとんどの州ではサマータイム(daylight savingデイライトセイビングと呼ばれている)が導入されている。カリフォルニアでは1時間時間を前進させる。
筆者は現在進行形でサマータイムを経験中であるが、午後5時に帰宅すると(本来は午後4時なので)まだ明るく子供たちとプールに入って遊んだり、スポーツやレジャーを日光の下で楽しむことができる。
Daylight savingの目的である「日光の恵みを享受する」ことを実感できる。
しかしながら日本で平日の午後5時に帰宅している人がどれほどいるだろうか?そして、朝は確かに気温が低い時間帯に活動を開始することになるが、夕方日光のもとで活動を続けることが果たして「暑さ対策」なのだろうか?こんなものよく考えなくても効果などあるわけがない。
暑ければクーラーを使うしかないし、暑い時間帯にオリンピックの競技をしなければ良いのだ。

日本の皆さんは暑い夏で参っていると思うのだが、是非涼しい部屋でよく考えて欲しい。サマータイム制は暑さの解決策には決してならない。







©2013ISMSJ

本サイト内の写真画像・コンテンツおよびその一部を許可なく記載することを禁じます。