第18回 スポーツ睡眠医学って何ですか?
2024 年 1 月 22 日
スタンフォード大学 睡眠医学センター
河合 真
睡眠医学が医学の一分野として認識されていないということを感じるのは他科の医療従事者と話していてよくある。その度に我々の活動もまだまだ足りないなと思う。しかしながら、睡眠医学は全ての人が眠ることを考えれば関係する分野は実に多い。厳密に言えば睡眠医学は睡眠のみならず「睡眠と覚醒」に関わるのだから、関係のない分野はないのかもしれない。それだけ睡眠医学というのは可能性を秘めていると思うし、少し見渡してみると一見関係ないように見えて睡眠医学にできることがあるかもしれない。と、まあそんな風に考えているといろんな診療科やいろんな業種の方からのコラボ、コンサルトの申し出をできる限り受けていたら一人ではどうにも捌ききれなくなってきた。2024年はもうちょっと整理して進めていければと考えているが、私の睡眠医学における哲学は「睡眠に関するなら全てのことに首を突っ込む」なので半分諦めている。
さて、今回は睡眠医学とスポーツとの関わりについて話してみたい。実はスポーツ睡眠医学というのも睡眠医学の一分野で、それを専門に活動している専門家達がいる。Associated Professional Sleep Societies (APSS)の年次総会でも時々「睡眠の〇〇競技における影響」などという発表があって、面白く聴講している。大学のチームや、プロのチームと提携してデータをとった研究もある。日本の学会でもコンスタントにお目にかかる。「少しでも強くなりたい。いい成績を残したい。」というアスリート達の切実な願いに何とか睡眠医学が応えていければと研究や提言をしているようだ。
最近では大谷翔平選手が睡眠時間の確保にこだわっていることがニュースになったりした。https://news.yahoo.co.jp/articles/c7c63b753dd8cc4d689b2765cc5d2b125afa0b72
この分野は一般の人達や非専門の人達が睡眠医学に興味を持ってもらう窓口として悪くないし、純粋に面白い。実はスタンフォード睡眠医学センターもデメント先生が2011年に大学バスケットボールチームを対象にして睡眠時間を延長することによるメリットを論文にして発表した。対象は11人だけなのだが、なかなか面白い論文なので是非ご一読をお勧めする(以下に論文情報は掲載)。まず睡眠時間の延長させる過程(以下の表1を参照)なのだが、対象となった大学生達はアクチグラフ(活動量を計測して、それをもとに睡眠時間と覚醒時間とを近似的に算出する機器。腕時計型のものが多い)による計測で元々は400分(6時間40分)の睡眠時間であった。それを延ばせるだけ伸ばして、睡眠時間を507分(8時間27分)まで延長させた。実はこのデータだけで結構面白い。何か治験薬を試すわけでもなく、「好きなだけ眠らせる」「最低10時間はベッドにいる」という介入方法をとっているのだが、この背景にデメント先生たちの睡眠に対する情熱が透けて見える。「きっと現代の学生は睡眠時間不足に違いない」「普通に睡眠を長くとるだけできっと改善するものがあるに違いない」というもので、生前彼がよく口にしていた。
その上で、さらに面白いのは自己申告の睡眠時間は470分(介入前)と624分(介入後)であって、アクチグラフで計測した睡眠時間との差がかなり大きいことだ。すなわち、この年代のアスリート特有なのかはわからないのだが、自分の睡眠時間を1時間以上過剰に見積もっているということになる。延長した後など2時間以上の差がある。このように自覚的な申告と他覚的なデータの乖離は睡眠医学ではちょくちょくお目にかかる。
表1
その上で表2にあるように睡眠延長の介入前と介入後をみてみると282フィート(85メートル)走、フリースロー成功回数、3ポイントシュート成功回数、練習と試合のパフォーマンスの自己評価全てが有意に改善した。
表2
Mah CD, Mah KE, Kezirian EJ, Dement WC. The effects of sleep extension on the athletic performance of collegiate basketball players. Sleep. 2011 Jul 1;34(7):943-50. doi: 10.5665/SLEEP.1132. PMID: 21731144; PMCID: PMC3119836.
この論文は睡眠時間不足、睡眠時間延長による効果、睡眠時間の自己申告の不正確さ、などなどいろんなことを考えさせてくれる。
一般的にスポーツ睡眠医学では、睡眠によって効果が出るのはスピードとか巧緻運動が多く、粗大筋力そのものにはあまり変化がないということも言われている。そのことからもテクニックを必要とするような競技は特に睡眠時間の確保は必須と言えるだろう。あと、最近では遠征の多いチームスポーツでの時差の及ぼす影響や10代のアスリートの睡眠時間不足問題などがよく議題に上がる。このように睡眠医学を専門にしている人間としては何かできる可能性が多いと思うのだ。
もちろん、この分野の専門家達と話をすると話はそれほど単純ではなく、色々苦労があるらしい。すなわち、睡眠時間不足も、時差の影響も原理はわかっているのだが、結局「選手やコーチや親がどうしたいか?」にかかっているらしい。「彼らを説得できなかったら無理」とのことであった。
さらに、最近あるプロスポーツの選手と睡眠について話をする機会があった。その選手は試合の後は「とにかく興奮するから眠れない」らしい。そして、大切な試合の前も「やっぱり興奮するから眠れない」らしい。これは結構よく生じることらしい。そういえば、昔のテレビの特集番組で、あるスポーツ選手を特集していたが、その選手も「試合の後は興奮していて眠れないから、まあ仕方ないです。」と言っていた。そんなことを聞いていると、スポーツ競技や選手によって色々差があるし、専門家といってもなかなか介入が難しいと思う。
かと思えば、スポーツバラエティ番組で、チームの暴露的な話をするときに「あいつのいびきがめちゃくちゃうるさい」と言われている選手がいた。「あー、OSASあるかもなあ。試しにCPAPとかしたら、さらに成績が良くならないかなあ」なんて考えてしまった。
さらに、何かの機会にコーチや選手と話す機会があれば睡眠の重要性を強調するのはもちろんだが、24時間をどうデザインするかを睡眠医学の側から強調するような教育もしていく必要があるのだろうなあとは思っている
このように睡眠医学はいろんな分野に関わることが可能な面白い分野であることは確かで、その一例としてスポーツ睡眠医学について話させてもらった。やはり2024年も「睡眠に関するなら全てのことに首を突っ込む」を続けていきたい。それが睡眠医学の面白さだと思うから。